植物たちの感覚を知る
根っこで捉える植物の感覚。音。
植物たちの世界観を味わってみる
前回の記事では、一人の人間として生きるのに「土地」が重要な身体の一部分であることを記しました。今回は、肉体を超えて拡張された身体の感覚を知るために、その意識を土地に、その土地に根付く植物たちに広げていくことを試みます。
実際に植物として植わってみれば把握!
- 植物たちの世界観を味わってみる
- 地表と地中の温度落差
- 植物の存在を拡張して考える
- 植物たちは周りを動かして生きてますよ
(簡単にこのような認識。以下より解説)
植物たちの感覚をイメージしてみよう
私は人間なので、植物がどのような感覚で生きてるか、は想像にしかなりえませんが、どなたも近い感覚を体験することはできます。 先人曰く、植物にとっては根っこが脳に相当する部位なんですってね。ではでは、土の中に顔を突っ込んで見ますか(。0 _ 0。)ノ
「うわ、暗くて何も見えねーだ!」
そうそう、視界は役に立たない。その代わり他の感覚が鮮明になってきました。 地面の冷んやりした感触に、お日さまの暖かさが心地よいですね。 遠くから水の流れてくる音、草や木の葉がさわさわと揺れる音、土の中で何かが蠢いてる気配。 遠くから人の足音!こんなに響くの?? 車の通る音は轟音。
そうか、大地は繋がっているから、音は地上の空間よりもっと鮮明に感じられるのだ。 特に「水」だ。乾いた土と湿った土ではまるで聞こえ方が違う。水気があることで、音の響きはより確かなものとして伝わってきた。
「地面の下は音の世界」
植物たちは、常に様々な生命の音や気配の中に根付いているのですね。
音は言い換えれば振動、お日さまの波長も振動、ゆらぎ、たくさんの微生物が動きまわる微細な変化まで、事細かに感じているのでしょう。 このような認識があると、植物たちとの交流もずっとシンプルなものに思えてきます。
地表と地中の温度落差
それと地上と地中では温度落差も顕著ですね。温かいところから冷たいところへ、流れがイメージできます。お昼間、地上ではお日さまが温かい。一方で地中はひんやり湿って心地よい。
だからエネルギーは温かい所から冷たい所へ。光合成葉っぱから根っこの方に流れるか。貯蔵されるね。
夜は逆さ。地表は温度が冷え込むが、地中の温度は昼間とほぼ一定。根っこのが温かくなる。
すると貯蔵されたエネルギーは根っこから新芽へ、上に上にいくのか。成長のメカニズム、天体の力も借りてるわけだ。満月も合わされば尚更。
実の収穫にタイミングが測られるのも納得ですよ。
実とか葉っぱは、地上にエネルギーの行き渡った夜明け〜朝方に採るのが◎。 逆に根菜とか掘るものは、午後から夕方にかけて採ると良い、という話が確かにそうだなと思えてきます。
植物の存在を拡張して考える
次は植物自身の境界を広げてみる。存在を構成するもの、土、水、空気、お日さまの光...それらに関連するすべての生命。前項で述べたように、私たち人間にもそれらは欠かせない存在であり、自らの延長として捉えている。
そして植物たちにも、身体の延長にあたるもの(生きるのに必要なモノ)は、私のそれと共通。同じモノを共有してる。
加えて植物の場合は、地中の微生物たちとより親密に繋がってますね。例えるならそうだ。主人と番犬みたいな?
来客が来た時、いち早く察知するのは犬ちゃん。嗅覚が優れてるからね。
主人は飼い犬の様子の変化を見て、何かがやってくる事を理解する。
主人はそれほど嗅覚に優れないが、犬と一緒に居ることでその感覚を活用することができますね。
植物も根っこに、番犬のような様々な生き物たちを飼っております。
人が来たよ、ってなる時、何か地中の生き物たちがざわめきだした!
いったいどんな人がやってくるのか? それは、彼らの反応をみても伺い知ることになります。
植物と小さな生き物たちのネットワーク
ちょいと蚊の話をしようかな┌(°∀° )┐カッ┌(°∀° )┐カッて指でつまめるんですよ。
一般的には手をパチン!!!って叩く勢いで逃げちゃうわけだけど。 優しくそっとつまんで、外に逃げてね?って気持ちをこめて接すれば、そのとおりに蚊はつままれて外に出せます。 気持ちの持ち方で変わるんですよね〜反応が。手の動きに優しさを込めてるのか、殺気を込めてるのか、察するわけですよ。
話を戻して、その植物の元にどんな人がやってくるのかの話。 植物の根も足音は感ずるでしょうが、同時に地中の生き物たちの反応も観ることになります。
もしその人が土を乱暴に扱う気持ちで居た場合、或いは気にも留めないで何かの機械でグワって破っちゃう場合とか。 虫達は自らに危険が迫ったら本能で逃げますから!慌ただしく、びゅーーーって。
植物たちはそんな根っこの生き物たちの動きを見て、
いったいこの人はどんな事をしでかしてくるのか?! 気が気でなくなることもあると思えます。
「ヤバイ人が来たんじゃない┌(°∀° )┐カッ?????????」
ここで植物特有の根ネ根ねネットワーク発動。
あっという間に畑一面に情報が伝わります。
いやほら、植物の身体の延長線は畑一面に及ぶし...その先まであるし。
ちょっと不自然な響きが入ると、畑の生き物たち(作物も)警戒体制に突入。ストレスフル。
大型機械は作業早いが弱点もある、ガーッとやる替わりに土壌の生き物顧みないから後が大変。地中の生き物たちの連携がリセットされます...毎年耕してると、1年毎に壊れた家を立て直す感じなので。大変ですよ。何時まで経っても仕事量が減らないし、二年越しのビジョンが存在できない。。
でもまぁ、しっかり実ってくれるのは良いですよね。
大地の植物たちは、働きかけてくれた主へのお返事を実に込めます。
主、食べた人へ、私達の気持ちをどうぞと。
大規模に作る作物は、たいてい出荷されてしまうんですけどね。
もし自給用であれば、食べた時に分かるでしょう。 この味、うーむ固い? して他所のと食べ比べる。 もしも他所の方が味が美味しければ 「なぜ?」という疑問が浮かびます。 そこから、どうすればもっと美味しく実らせることができるか? 考えるにあたって、自らの行動を省みるチャンスが訪れます。
何か違うんですね。
なぜあの人の育てた作物は美味しいのか。
因果関係が見えてくるかもしれません。
作物の気持ちになって考える。
優しさとか寄り添う心。その種の理解を試みる。
関連する全ての存在を通じて。
土の中の生き物たちに優しさをもって。
水に思いやりを込めて。 お日さまの光に温かな感情を抱いて。 そよぐ木の葉の音を聞いて。
作物を支える周りのハーブたち、樹、雑草たちにも微笑んでみて。
観えるすべてが応えてくれるよう(感性が磨かれる毎に)
思いを込めて接する。植物の些細な変化が感じられる。
それに、彼らにどうして欲しいかも伝えられる。
人間の言葉が通じるの?
言葉... 言葉の起源を想えば納得ですよ。伝えたい何かが最初にあり、それが音となって現れたのが始まり。
大切なのは「どのような思いを込めたか」同じ言葉でもそれで響き方が違ってくるものです。
植物たちは音の響き方で把握する。どのような思いが込められてるのか?細やかに察知するでしょう。
どの程度伝わるかは付き合い方にもよるでしょうが...
大切なのは、人間の言葉(の裏側)が通じる相手なのだと理解して接することです。 花や葉から茎を伝って根に響かせるように話すと良いんじゃないでしょうか。
草木はアンテナ。
触る。よしよし(' '*)
植物たちの感覚、触れた感覚、音の響き。
しかも微細な揺れ動きまで察知する。
些細な感情の変化に、植物たちもまた人間に寄り添ってくれるかもです。
親しみを込めてこんにちは。
畑の生き物たちにどのような気持ちで接しているかが
この大地において、そのまま自分自身どう扱われるかに繋がってくる。
植物たちは周りを動かして生きてますよ
植物たちは、動いてないように見えます。その場にじっと留まって大きくなっていく。 うん、身体は成長すれど、その地点からは動いてない。が、植物の身体を超えて観た場合、色々な存在を動かして生きてるのが分かります。 例えば虫が植物の身体の延長。花を咲かせて虫を呼ぶ。蝶や蜂とか、動かして受粉を促す。 虫たちが不在の場合、受粉が。。。満足にできない、身体の延長が欠けた結果ですね。不完全(o _ o。)
植物の能力をフル発揮させるためには、その助けとなる働き手の存在も必要です。
植物自身の意思で、働いてくれる様々な種族を環境内にぜひ配置する。ひとまず多様性を突っ込んで様子見でも良いかと。
根周りも感じてみる。
植物たちは自分で根っこの成分を調節できます。
成分を調節することで土に棲む色んな生物を動かせる。
根回りがしんどい時は根っこで呼んで虫に経路を作ってもらったり。必要ない時は逆に忌避成分を出して追い出すこともできる。 周囲の水はけが窮屈な場合は、ミミズとかモグラとか呼んで穴開けてもらうかもしれない。 根粒菌みたいなものに棲家を提供して...枯れ草や有機物を分解してもらい、根っこから養分として食べやすい形にしてもらう等。
で植物ならではの究極技、身体をあえて食べさせることで、他の存在を都合よく動かせるというもの。
生き物は食べ物で身体が創られる。ある見方において、植物の魂は食べた存在の身体に宿る。
食べた主の性質を利用して、種々を増やすのも彼らの戦略。
美味しい作物実ってますよ!
鳥に食べてもらう、猪や鹿に食べてもらう。人に食べてもらう。
すると、種が動物の身体を介してこぼれ種で広がったり、人の場合は育ててもらったりもできる。
「特定の植物」×「食べる人・動物・虫・微生物」は1セットで考えると分かりやすい。
稲はその例が顕著ですね。
それまで木の実を採ったり狩猟で生きてきた民族が、稲に染まることで水田を耕し始めた!
それほどまでに美味しかったんでしょうか? 約2000年、稲にDNAが染まって稲中心の思考なのでしたよ日本。
そう、大和から平成あがりの現代人には稲の魂が宿っております。
一般的には1年草として栽培されます(多年草化もしますが)。だから年間ベースでモノを考えるのが基準になってたのかな。年収とか。
そこに木の実も加えれば、あれは年々バラバラに実を付けますので思考のサイクルが大きくなります。
6〜7年スパン、思考ベースを数年に渡って考える癖がつくので、人はさらに頭よくなりそうです(' '*)
木は長い年月に渡って其処に根付くので、より大きな影響を大地に与えるし、様々な存在と複雑に関わり合いを作る。 木が中心の土壌は、稲単体よりも盤石になる。生物の多様性を増やすという自然の意志に相まって、木・石・草・花・虫・動物・土・水・光・いろいろいろ。
1つ1つの存在にそれぞれの世界観があって、相互に関わりあって土地全体の総力を高めている。
それらをどのように組み合わせて、彼らの潜在能力を開花させるか?
大地に根づく植物の可能性は無限大。人間の想像の世界も無限大。
人間の創造的な思考が、様々な生命の可能性を引き出し、形にするでしょう。
では実践、まず畝立て
まぁ兎も角として、種を蒔かなくては始まらないでした。さっさと実践に移らねば。。では次。種を蒔く。。。その前に必要な、畑の畝立てについて記していこうと思います(' '*)
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