大地の畝を音で捉える
風と水の一筆書き、龍のような通り道と畝を、音で体感してみる畝・地形の役割を体感する
(記:2018.06)前回の記事では、畑に植えられる植物の感覚をイメージしてみました。
ともかく種を蒔いてみなければ始まらない。
まず稲をやってみるかな。思ったように初年度に稲籾(種)を蒔きました。
1年目の種まきの結果はこちらです
→ 一年目の畝
大地の畝の形で、生育に大きく差が出ることに気づきました。
- 水の通り具合
- 風の通り具合
- 日の当たり具合
作物が健全に育つための、十分な「水」と「風」と「光」が行き届くような、地形に沿った畝の形。
土地自身の高低差から生まれる、水や風の流れを認識する心。一日の日当たりの変化...さらには四季を通じての。
これらの体感が、種まき前の最重要項目だと気づきます。
自然の景観が、模様を示してくれる
水と風と光が行き届く...一つの例を、熊本の阿蘇にある「押戸石の丘」が示してくれました。自然の描いた見渡す限りの大地の模様。

大地の起伏にそって水や風の流れがどのように行き渡るのか、イメージを掴みやすい形だと感じました。
小さな丘が互い違いに連なり、境目となる谷は雨水の流れる道筋...
水の通り道はすべて一つに繋がってて、谷と谷の間をS字に波打つような、河川のような流れを描いてます。
「平面が存在しない」
なだらかな"曲線"の重なりで、様々に流れが途切れることなく続いている。
これを見本に曲線を意識したS字に溝を切り、地形に沿う形で畝に覆土を盛り上げた場合、平面にただ畝を作るのと比べて、起伏にそって雨水が巡りやすく、栄養も行き渡りやすい。風の流れも畝るような音の響き、何処までも続いていく一綴りの音楽を、大気の循環が奏でるようになる。お日さまも、高低なだらかな曲線を描く方がより深い所まで日の光が浸透してくれる。
単純な凸凹直線の景観にするより、断然流れが良くなりそう。
なるほど、このような立体的な曲線を意識して畝を立てるのか...と実感するに至ります。
地形を音の波形で認識してみる
地形を読む視点。例えば音の波形に見立てて。違いを耳で体感してみる。その響きから、その地形はどういった性質を持つか想像できそうです。
あの丘の風
試しに押戸石の丘を流れる風を、波形を見立ててみる。

うねうね大地の音の響きを体感できると思う。此処に植わる植物たちの感じてる風。こんなイメージ。流動性がある。
平野
続いて平野。真っ先にイメージする畑の形だと思います。
起伏の激しい場所と比べて一見「区画が広々、沢山植えられそう(?」だが

平野の風の波形イメージ。楽器は弦を擦る音。
何の変哲もない音が一定に続く。単純で平坦な音。
たぶん近代農業の畑は、こういった白紙に近い平野を想定されてる
↓この完全真っ直ぐの地形は、区画の境目や高低差で特に問題が出てきまして。。。

段差で音が途切れるんですよね。。。切り替わりの境目。ここで流れが断ち切られております。
流れが要所で断ち切られると「停滞」が起こるので、そこで水が淀んだり、地中の根が詰まって傷んだり、暴れ草(笹やイバラ)で通行困難になったり。非常に厄介な状況に陥る。陥っております。
自然本来の流れが生じづらい状況だと、土が固くなりやすい。主作物が根を貼れずに生育の問題がでてくる。反対に固い地盤を貫かんばかりの根張りの強い雑草、厄介な雑草がはびこりやすいのが特徴。
これらの停滞に対して、田圃では泥さらい草刈り笹刈りを要するような自然の反動がものすごくて、人が手を入れ続けないと、耕作放棄地一直線の地形になってしまわれるのですよね(' '*)

(元田んぼの耕作放棄地)
この場合の自然は敵なのではない、人工的な区画整備(平面・長方形目線)との不協和が起こっているのだと考えられています。
地盤の改善の一年目の記録など
2020年現在において、おそらくこのような耕作放棄地と向き合う他ない状況だと思われます。 何もわからん頭で、いきなり荒れ果てた残状をどうにかする所から始めなければならない。まともに育たん状況でどうしろと?とりあえず荒れた草を刈って耕せば良いんじゃないか?って、1年目ひいひぃ言いながら刈り進めてまいりました。
後から後から生えてくる草。あまりに大変なので、草を黙らせてやろうか、と、思わずに居られません。
そしたら「草は停滞した流れを蘇らせるために生えてくる」んだとさ。
その場所に必要だから生えてくると、畑の雑草先生から教わりました(' '*)
此処での理想形


押戸石の地形をイメージした畝を、音の波形で形作るとどうでしょう。
地形の波を、音の大きさ(ビブラートも)に反映させて演奏してみますと。
広がりが出てくるような、響き渡るような、Ωの音。。。
自然の造形からは、風にも深みのある音が生まれているんだなぁと、感じるようになりました。
植物たちは、その場に流れる風の音を聞き続ける。
どんな音が、彼らにとって心地良いか、想像を膨らませるのも面白いと感じます。
一年目の記録から
ただ、平面の状態からいきなり押戸石のような完成形を目指すには大変過ぎる。段階を踏んで、初年度はただの溝を下書きのつもりで(土も固いし)、獣道の跡を追いながら、翌年から溝の修正や高低差をよりダイナミックに、畝幅の広い場所に高く盛り土をする等を予定。 作物と触れ合いながら年々の描画行程を積み重ねていけば、ちょうどいい感覚が掴めてくるし、手作業でも無理ない感じでした。
翌年、新たな溝を深めに上書きした後、しばらく様子見かな?と思ってました。
しかし梅雨入りのタイミングで雑草が伸び出し、溝が深く溝幅も狭すぎて、稲に光が届かない現象が起きました。
これはいけない、十分な光が当たるように余裕を持たせよう。溝の段差を滑らかにするのを意識して、エッジ部分を横からの角度で斜めに削っていく作業を行ったのでした...



翌年度の地形は、このようになりました。
畝が段差ではなく、緩やかな傾斜にすると、丸みを帯びた畝に「光」が満遍なく行き渡った。
草の生え方も、地形に沿って柔らかい草になってくれる、溝の合間にも光が差し込んで、流れも健全でした。
高低差で言えば、水の視点でも、風の視点でも、光の視点でも、初期よりは理想形に近づいてくれた気がします。
この後、イノシシたちが全面を綺麗に耕してくれました(' '*)
上の写真、確かに5年後の今振り返ったら溝が直線やん。。って修正したくもなります。

猪の修正した跡。うねうねボッコボコ。
このように人の施した地形は、常に"自然界"が修正を働きかける。 そのとき足りない人の意識を、想定外の出来事で補ってくれる。反応から自身を省みる。対話形式。
やりとりを通じて、年々自然界の豊かな地形が編まれるように...自分自身にも芸術的な意識が深まることです。 大地の模様を共に織り込んで、草木の呼吸や動物たちの営み、虫たちのさざめき、自然界の豊かなハーモニーを共演できたら素晴らしいですね。
⇒記事の最初に戻る
次 ⇒ 耕作放棄地の解放手順について